Episode.3



 日々、紅葉は色褪せていく。
 つま先で跳ねるように走る空却。自分が走り抜けた後、地面に落ちていた枯葉が舞い上がるのを感じながら、息の塊をテンポよく口から吐き出していった。
 目標物に近づくにつれて、空却の足の速度は増していく。その姿はさながら闘牛の如く――目の前でのろくさく歩いている赤いランドセルに向かって、その小さな体を猛進させた。

「おらぁッ!!」
「わあっ!」

 どすんッ! と勢いよく体当たり。体がランドセルの冠にバウンドして、後ろに跳ね返る感覚がとても心地いい。一度試しにやってみたら思いのほか痛快で、この新しい遊びは秋になった今でも飽きなかった。
 一方、衝撃を受けたは二歩ほどよろけて、中腰になりながらこちらをくるりと振り返る。丸っこい目が驚きに満ちた色をしていたが、後ろにいた空却を捉えるとそれはすぐにふにゃっと柔らかくなった。

「えへへ。くーちゃんだぁ」

 嬉しそうな、安心したような……とにかく緩みきったの顔を見て、空却はふん、と鼻を鳴らす。

「おまえのランドセルにタックルくらわせるやつなんて、おれ以外にいねーだろ」
「うん。いないねえ」

 一度ひとたび話し始めると、とは自然に隣同士になる。そうすると、決まって空却が道路側に飛び出てしまうので、空却は「もっと端によれ。おれが車にひかれるわ」とを塀にくっつけるくらいのところまで追いやった。

 と一緒に帰る約束は特にしていない。そもそも学校が違うので、の学校の下校時間を空却は知らない。ただ、帰っている途中で週に二、三日は前方にのランドセルを捉えるので、自分の学校の下校時間と似たような時間なんだろうな、とは思っている。なのでいつからか、帰りの会が終わる同時に教室を飛び出すことが多くなった。
 ……いつものように、が歩道からはみ出して歩いているかもしれない。すっかり癖づいてしまった世話焼き思考が、今日も空却の足を急かしたのだった。

「きょうはねえ、マラソンたいかいのれんしゅうをしたんだよ~」
「マラソン大会ぃ? なんだそれ」
「くーちゃんのがっこうは、一月にマラソンたいかいないの?」
「ねーよそんなもん。マラソンやんのは体力テストのときくらいだろ」
「ええ~っ。いいなあ。わたしの学校はねえ、たいかいがある日まで昼ほうかのじかんにうんどう場でみんなではしるんだよー」
「へー」
「あっ。それでね、たいかいの日にはしったあとは、みんなのおとうさんとおかあさんがとん汁をつくってくれとってね――」

 今日のもよく喋る。の口からぽんぽんと飛び出してくる話について、空却は適当に相槌をうった。

 今日は合流した時間が遅かったので、寺と床屋を分かつ交差点に着いたのもあっという間だった。特に何も考えずに、空却のつま先は床屋の方へ向く。交差点に着くと、少しだけの歩くテンポが落ちて、空却との距離が開く。しかし、空却のつま先の方向を見たら弾むような駆け足で追いついて、は再びこうして空却の隣に並ぶのだ。

「くーちゃん、きょうもこっちからかえってくれるの?」
「はやく帰るとクソおやじにそうじやらされんだよ。こんなさみぃーのにぞうきんがけなんてやってられっか」
「そっかあ~っ」

 床屋と寺は反対方向にあるが、いつの日かを境に、空却はの家に寄ってから帰ることが多くなった。理由は日によって変わる。裏庭の掃き掃除が面倒だったり、部屋に閉じこもって行う写経が嫌だったりと様々だ。
 それに、を家まで送れば、カヨがお駄賃として何かしらお菓子をくれるので、それもを送る理由の一つになっている。たしか、このあいだは苺大福を貰った。もちもちとした生地に大ぶりの苺と濃厚なこしあんがぎゅっと詰められていて、寺に帰る道の途中で食べたあの甘酸っぱい大福は中々の一品だった。


 床屋に向かっている最中も、空却はの話を右から左に流す。そんなことをしていたら、あっという間に床屋に到着した。店の方はなぜかシャッターが降りていて、どこかもの寂しい雰囲気を纏っている。おかしい。今日は木曜日のはずだ。常連である空却は、床屋の休業日が月曜日と火曜日であることを以前から知っていた。
 頭の中に浮かんだ疑問を処理する前に、が一足先に家の横にある路地裏に入っていく。そのまま玄関のドアと向かい合うかと思いきや、「あっ」と綻ぶような声を上げた。
 はその場にしゃがみこんで、地面に両手を伸ばす。どうやら何かをごそごそとまさぐっているようだ。またなにをおっぱじめたんだこいつは。薄暗い路地裏なので、奥の方まで行かないとが何をしているかよく見えない。空却は大股での背中に迫った。

「みてみてくーちゃんっ」
「くーちゃんってよぶな」
「あのねえ」
「なんだよ」
「こねこ~っ」

 くるんと振り返ったが両手で抱き上げているのは、細っこい子猫だった。びろーん、と胴体が伸びた、トラの子猫。と子猫を見比べた空却は、と向かい合う形で彼女と同じく膝を折った。

「こいつ、おまえんちで飼っとんのか」
「ううん。かっとらんけど、ばあばがごはんあげとったらね、ここにおるようになったの」

 ほら、と。がさらに奥へ視線を投げたので、空却も真似して目を凝らしてみる。小さく光る複数の点がちらほらと動き回っていて、それが猫の目だと気づく頃には子猫から成猫まで、全部で五匹分の輪郭を空却は捉えた。全員トラなので、おそらく一家でここに住み着いたのだろう。
 ……まあ、カヨんところにおればタダでメシが食えるからいいよな。自転車と車はもちろん、人すらもあまり通らないこの路地裏は、猫にとっては安全地帯にちがいない。
 寺にいる猫と戯れ慣れている空却にとっては、今更猫など新鮮味も何もないが、はそんなことはもちろん知らぬ存ぜぬ。彼女は今抱いている子猫からいっこうに目を離さない。

「この子、しらん子だあ。うまれたばっかりなんかなあ」
「んな早くおおきくなるかよ」
「えへへ。ねこちゃんちいさいねぇ。かわいいねぇ」

 は子猫の首元をうりうりと指先でくすぐる。たしたしっ、と子猫から見舞われる優しい猫パンチを鼻や唇にくらっても、はでれでれと頬をゆるめるばかりだった。
 だらしねー顔しやがって。すっかり一人と一匹の世界になった空間を、じとッとした眼差しで見つめる空却。それでもなおは子猫に夢中だった。
 ……ふん。空却はなんとなく面白くなくて、頭に浮かんだ言葉がそのままぽろりと口から漏れた。

「……境内にもねこくらいいるっつの」
「けーだいって?」
「おれんち」

 ぴこん、とのアンテナの向きが変わるのが分かった。少しだけもやの晴れた心に気づかないふりをして、空却はからわざと顔を逸らした。

「ほんと? ミケちゃんもいる?」
「おー。ミケもクロもシロもいる」
「ええ~っ!」
「みたいか?」
「うんっ!」
「寺にきたらみせてやるよ」
「それじゃあ、こんどばあばといっしょにいくねえ」

 空却と話している途中で、あれだけ可愛がっていた子猫を地面に下ろした。空却は、未だにの足元に擦り寄っている子猫を見下してふふん、とほくそ笑む。さっきまで何かが欠けていた胸が不思議と満ち足りていたので、今はとてもいい気分だった。
 早いところ家に入るよう空却がを急かすと、は首からぶら下げていた鍵を服の下から取り出した。

「ただいまあ」
「じゃますんぞー」

 鍵穴にそれを差し込むと、引き戸に手をかけたが家に向かって声を張る。空却もに続いて玄関に入るが、家の中から返ってくる声はなかった。
 先ほどから頭の中にあった疑問が確信に変わった空却は、靴を脱いでいるに尋ねた。

「カヨばあ、今おらんのか」
「ばあばねぇ、きょうはおいしゃさんのところに行っとるから、おそくにかえってくるの」
「医者ぁ? あのばーさん、また足やったんか」
「ううん。こんどはせきが止まらんくて」

 よるもね、ずっとせいとるの。少しトーンの落ちたの声に、ふうん、と空却は事情を察する。
 歳を重ねるごとに、人間は色々なところにガタがくる。治りも遅く、まるで体と心が衰弱するのを刻々と待っているように、病はその体に張り付いている。その中で、決してやってはいけないことが二つ。死にたくないと自暴自棄になり、自ら破滅への近道を辿ること。もう一つは、終末が見えている人生に絶望して、貴重な余生を抜け殻のように過ごすことだ。
 正しき道は至極簡単。病にかかった自分をありのままを受け入れ、残された生を謳歌する。本を読むのも良し、歌を歌うのも良し、誰かと話すのも良し……とにかく、自分から世界を拒絶しないことなのだと。このあいだ、蔵の中にあった古い書物にそんなようなことが書いてあって、道徳の教科書よりかはマシなこと書いてあるなと、その時の空却はうんうんと納得したものだった。
 あのばーさんもとしだからな。おまえもむりさせんなよ――にそう言おうとして、空却は口を閉ざす。今のの濁った目を見ているのが、なんとなく嫌だった。これを言ったらその目が今度どんな色に変わるかがまったく想像できなかったので、空却は言葉を選び直した。

「……おまえ、いまからうち来るか」
「くーちゃんち? いいの?」

 ぱっと華やいだの顔を見て、空却はにやっと笑う。

「おう。さっきはなしてたねこも見せてやるし、ついでにうちでメシ食ってけよ」
「うんっ! あっ、しゅくだいも持っていっていい?」
「なんでも持ってっていーから、さっさとしたくしろ」
「はあい!」

 まるで、枯れた花に水をやった気分だ。嬉しそうに返事をしたは、軽やかなステップで二階に上っていく。一方、そんなを見て満足した空却は、玄関の上がりかまちにどすんと腰を下ろす。上半身をぐでーんと床に倒して、ランドセルを背中でぎゅうぎゅうと潰しながら、準備を終えて二階から降りてくるを待った。
 それから数分後。「おまたせ~っ」とランドセルの代わりに手提げ袋を持ってきたが姿を現す。少し早足気味で階段を降りるを見て、はやくおりてこい、という気持ちと、ゆっくりでいいからこけんなよ、という気持ちが拮抗し合って、結局、空却はどぎまぎしながらを見守った。

「しゅくだい持ったかよ」
「うん!」
「きょうはなにが出とんだ」
「さくぶんだよ~」
「ぶッは。まぁーたおまえの苦手なやつじゃねーか!」

 んで、おだいは? 再び靴を履き始めたに空却は尋ねる。作文の課題が出るたびに梅干しを食べたような表情をするにしては珍しく、花が咲くような笑顔でこう言った。

「しょうらいのゆめ!」







 さっき通った道を歩いても面白くない。少し遠回りになるが、空却は通学路に指定されていない道を通って寺に行くことにした。
 大須商店街を横切るだけで、空になったお腹がぐう、と鳴る。唐揚げ、たこ焼き、クレープ、ケバブ……匂いに惹かれて足の動きが鈍くなる。しかし、あいにく今の空却には手持ちがない。
 じぶんでかせげるようになったら、おもうぞんぶん食ってやる。そんな固い決意をして、空却は食べ物による誘惑から逃れる。時々食べ物屋の前で立ち止まるを急かしながら、寺までの距離を着実に縮めていった。

「……あ?」

 商店街を抜けると、人通りの少ない片道道路に出る。その途中、厳かな雅楽が聞こえてきて、空却は宙を仰いだ。隣にいたも気づいたようで、あたりをきょろきょろとしては首を傾げている。
 すると、目の前の曲がり角から現れたのは神職と巫女。その後ろには袴姿の男と白無垢を纏ったの女が朱傘を差してゆっくりと歩いてくる。……ああ、参進さんしんか。そういやこの近くにでっけえ神社があったな、と空却は思い出した。
 邪魔にならないように、空却とはその場で立ち止まる。雅楽の音がだんだんと近くなっていき、しばらくすると、花嫁行列が二人の目の前を横切った。話には聞いていたが、実際にこの目で花嫁行列を見るのは初めてなので、さすがの空却も圧倒される。新郎新婦の後に続く親族達を見送ると、雅楽の音も段々と遠ざかっていった。
 ……もういいか。緊張の解けた体は羽のように軽い。目的地に向かって再び歩き出した空却だったが、後ろから聞こえてくる足音がない。あ? と空却が振り返ると、そこにはぽーっと熱に浮かされたような顔をしたがいた。

「おい、なにぼさっとして――」
「きれいだったねぇ……」

 は? 脈絡のないの言葉に、空却は首を捻る。そして、すぐ合点がいった。おそらくはあの花嫁のことだろうと。たしかに、綿帽子からちらりと見えた横顔は人形のように端正だったし、唇に引かれた紅はとても鮮やかで空却の目を引いた。
 あのまま神さんのところに行くんだ。身なりと行儀には気をつけねーとダメだろ。空却はそんなことを思いながら、なんでもない顔でこう言った。

「女なら、“しろむく”くらいいつか着れるだろ」
「しろむく?」
「おまえほんッとなんもしらねーな……。けっこん式に着るやつだよ」
「えっ。それじゃあ、いまのけっこんしきだったんだぁ……」

 「へぇー……」と中身のない返事ばかりするを、「分かったらさっさといくぞっ」と空却はもう一度急かす。はゆるゆると歩きだしたが、その足取りはどこかおぼつかない。おかげで、いつも以上にに注意をして歩く羽目になった。

 しばらく道なりに歩く。参進の儀を目の当たりにしてから、は口を閉じたままだ。空却も特に話すことはないので黙っている。もうすぐ寺だし、ねこを見せりゃあいつもどおりにもどるだろ。空却は短絡的にそんなことを思いつつ、に歩調を合わせていた。

「……わたし、さっきのはなよめさんみたいになりたいなぁ」

 不意に、がぽつりと呟いた。相変わらず夢を魅せられているような表情をしているに対して、「はなよめぇ?」と空却は声を裏返した。

「ばっかじゃねーの。花嫁ってのは、あいてがいないとなれねーんだぞ」
「あ、そっかぁ」

 こまったなあ、というようには俯く。大前提を無視してどうする。花嫁になるのは、好いた男と共に生きるための過程にある儀式であって、決して目的にするものではない。脳内幼稚園児かよ。空却はため息混じりにに尋ねた。

「おまえ、学校で好きなやついねーの」
「んー。おらんねえ。でも、クラスの子とこいバナはしとるよー。だれだれがかっこいいとか、だれだれがやさしいとか」

 ダメだこりゃ。の頭が幼稚園を卒業するのはまだまだ先のことらしい。これだからは。しかたねーやつ、と呆れたものとは別に違う色の感情を抱きながら、空却はふう、と息をついた。

「くーちゃんはいる?」
「はあ?」
「すきな子」
「いねーよ」
「そっかあ!」

 おい。なんでちょっとうれしそうなんだよ。
 もしや脳内幼稚園児のと同類と思われている? ふざけんな。だれがおまえにあれこれ教えてやってるとおもっとんだ。に馬鹿にされていると思った空却は意識的に声を張った。

「おれが好きじゃなくても、あいてがよってくるんだよ。このあいだもとなりのクラスの女子から告られたしな」
「えっ」

 自慢のように聞こえるが、実際空却が告白される機会は多かった。しかし今のところ、告白してきた人の気持ちを受け止めた上で、「わりぃな」とすべて断っている。いくら相手の好意が自分に向いていようと、空却自身が惹かれた人間でなければ意味がない。中途半端な感情で相手の好意に寄り添うことは、自分のことを好きになった相手にも失礼なことだと思うからだ。

「おい。きいてんのか」
「えっ? う、うんっ。きいてるよっ」

 「それで、くーちゃんはなんておへんじしたの……?」とがおそるおそる尋ねてきたので、空却は話を続けた。

「ことわったにきまってんだろ。そんなに話したことねーやつだったし」
「ことわったんだぁ……」
「なんだよ」
「う、ううん。なんにもないよ」
「目ェおよいでんぞ」

 言え。空却が無言で圧をかけると、はちらちらと空却の様子を伺いながら、ぽそりと呟いた。

「くーちゃんにすきな子ができたら……いまみたいに、いっしょにおれんくなっちゃうなぁって……」
「なんでだよ。べつにおまえの好きにしやあいんじゃねーの」
「つきあってる子がいるときに、ほかのおんなの子となかよくしてたら、“うわき”になっちゃうんだって」
「はああぁぁ?」

 「クラスの子がね、そういっとったの」なんだそれ。意味が分からない。空却は顔の知らない“クラスの子”に文句を言ってやりたい気分になった。ばか正直なにへんなこと吹きこみやがって。

「くッだらねえ。じゃあなんだ? せかい中のめおとは自分たち以外のやつとつるまねーってのかよ」
「めおと?」
「夫婦のことだよ。おら見てみろ」

 空却は道の一角を指さす。そこには、一組の老夫婦が経営している手羽先屋があった。空却も灼空に連れられて何度かこの店へ手羽先を買いに行ったことがある。老舗だが、その味は大須一だと自信を持って言える店だった。
 店主の老夫が手羽先を焼いて、その香ばしい匂いに誘われて足を止めているのは、仕事帰りと思われるスーツを着た男ばかり。接客をしている老婆は彼らと談笑しながら、焼きたての手羽先をパックに詰めて手渡していた。
 の言うことが正しいのならば、あのやり取りでさえ“うわき”になるわけだ。そんなわけあるか。極論だが、世間知らずななら鵜呑みにするだろう。世界はまだまだ広いのだ。小学校という小さな庭の中で、そう簡単に視野を狭めてもいいことはない。
 そら見たことか、という顔で空却は隣のを見る。は理解しているのかしていないような顔で、「それじゃあ……」と小さく口を開いた。

「くーちゃんにすきなひとができても……いまみたいにしとってもいい……?」

 自信なさげにの瞳が揺れる。しゃぼん玉の表面にある模様のようにゆらゆらと揺蕩いて、触れたらぱちんっと弾けてしまいそうな薄い膜が張られていた。
 ……なんだ。この、よくないものがとりついていそうなこいつの顔は。急にむかむかと暴れだした胸の中。そこで生まれたいがいがした言葉を、空却は繕いもせずにそのまま吐き出した。

「だからさっきも言っただろーが。おまえの好きにしろっての」

 すると途端に、の表情がぱあぁっと晴れる。今にもしゃぼん玉が割れそうなあの顔は、もうどこにもない。すっかりご機嫌になったは歩調も元に戻り、「そういえばね、きょうのきゅうしょくのシチューとバターロールがすごくおいしくてね――」と再び流暢に話し始めた。そんなの話を、空却はまたしても右から左へと流しながら適当に相槌を打った。
 ……つか、が言う、いまみたいに、ってなんだ。まーいいか。空却はすぐにぽんと忘れる。今と築いている関係がお守りだろうとなんだろうとどうでもいい。そんなものはただの記号に過ぎないというのに、どうしてか人は形のないものに名前を付けたがる。
 空却自身、ああは言ったものの、少しばかり語弊があった。空却は、自分が不要と判断したらすぐにの目の前から消える。あくまで、今の自分に利益があるからとつるんでいるだけなのだ。潮時がくるとしたら……例えば、カヨからお駄賃がもらえなくなった時か、自分がいなくてもがきちんと一人で帰れるようになった時――

「(……いや、それはねーな)」

 さっそくくだんの手羽先屋の前で立ち止まってしまったを見て、空却は大きなため息を吐く。「はよこいよっ!」と叫びながら、一人ぼっちで歩いているのビジョンを打ち消した。