Episode.9



 なんというか、新しい発見しかない。銃兎は改めて、これまで世間体だとか自分の立場に思考を囚われていたのだと痛感した。
 人として当然の心理だと分かっていても、仕事では見ることのない私服をたにしばらく思考が沈黙したし、それからまあ、自分でも驚くくらい歯の浮くような言葉がぽんぽんと出てくる。約束を取り付けた時もそうだが、今日はそれ以上に普段は思ってもないようなことが思い浮かんでは、気がついたら口から漏れているということが数分おきに何度もあった。
 待ち合わせてから、と数回しか目が合わない。ようやく合ったと思ったら、花が咲いたようにぶわっと赤くなって、彼女の方からささっと視線を逸される。純粋に可愛いな、と思う。普段の飄々ぶりはどこ行ったのかと不思議でならないし、常に自分のことが頭にあるようで妙な独占欲が渦を巻いた。
 こいつ、普段こんなだったか。銃兎はじーっと目の前にいるを遠慮もなく観察していると、「あのー……」と半分息のような掠れた声が彼女の口から漏れる。ふと現実に戻されると、はフォークを止めたまま、居心地が悪そうに視線を泳がせていた。

「見られてると、食べ辛いんですけど……」
「ああ……これは失敬。あなたのまともなものを食べている姿を見ると安心するもので」

 嘘偽りないことを言って、銃兎は食後の珈琲を啜った。インスタントとコンビニ、あとは行きつけのラーメン屋でしかほとんどものを口に入れない。こうしているとまるで餌付けでもしている気分になる。

「インスタントのこと馬鹿にしすぎてません? 銃兎さんだってお世話になることあるじゃないですか」
「限度があるんですよ。毎日三食ルーティーンで食べたりはしません」

 ぐ、と言葉を詰まらせたは何も言わず、ただ、不服ですと顔いっぱいに書いて、フォークにパスタをくるくると巻きつける。感想は何も漏れないが、ひとくちひとくち噛み締めるように食べるものだから、美味いんだろうな、とぼんやり思って、それもまた銃兎を飽きさせなかった。堅苦しくなく、かと言って騒がしくもない雰囲気の店に絞って、前日に決めたばかりのイタリアンレストランだったが、選んで正解だった。

「……銃兎さんは、こんなことして楽しいんですか」
「どういう意味です?」
「だって、ほとんど荷物持ちみたいな役じゃないですか」

 が銃兎の隣の席をじっと見るので、彼もまたちらりと横に首を向ける。そこに置かれているのは、の買った服が入った三つのショッピングバッグだった。

「ええ。楽しいですよ。あなたの化けの皮が剥がれていく様が見れて」

 にっこりと笑ってみせると、はうぐ、と唇をきゅっと結び、再びパスタを無言で食べ始めた。彼女のその不機嫌な顔も、やはり銃兎にとってはとても貴重なものだ。
 行き先は未定というわけではないが、分単位でかっちりと予定を立てていたわけでもなかった。自分が決めたところで、歩いているうちにが寄りたい場所に勝手に行くだろうと思ったからだ。今回の銃兎の目的は買い物ではないし、こういうことはの方が向いている。よって、大まかな場所は促して、あとは彼女の好きにさせようと思った。
 ところがこれがまた遠慮しているのかなんなのか……まるで借りてきた猫のように大人しい。は銃兎の隣をただ歩くだけの女になっている。気になる店があれば入っていいんですよ、と言っても愛想返事ばかりで、これではただの散歩だ。まあ、それも最初だけだろうと高を括っていた銃兎だったが、しばらく歩いても中々にがええ、はい、そうですね、以外の言葉を発しないので、痺れを切らした銃兎がを引っ張って、適当に入ったアパレル店で試着をさせ、服を数着見繕ったのは先程の話だ。

 ――「これとこれ、試着してきなさい」
 ――「銃兎さん今値札見ました?」
 ――「別に試着するだけならいいでしょう。ああすみません、彼女をフィッテングルームへお願いします」

 つべこべ言うを試着室に押し込んで、カーテンを開けた先にいた彼女をいいな、と思ったものはその場でカードを出して購入。試着を終えて出てきたが、ショッピングバッグを持った銃兎を見た時は、まるで世界の終わりのような顔をしていた。

「ほんと、いい性格してますよねえ……」
「今更ですか」
「まあでも、そういう人だから仕事上信頼できるんですけど」
「信頼、ねえ……。あなたくらいじゃないですか。そんなこと言うのは」
「皆さんもそう思ってますよー。言わないだけで」

 ごちそうさまでした、と手を合わせたは一旦席を外した。仕事は普段から好き勝手やっている分、周囲の信用など皆無と思っていたので、そう改めて言われると少し複雑な心境である。銃兎は通りがかったウェイターにカードを出しながら、それにしても、とのいなくなった席を見つめた。
 途中で逃げ出すかと思えば、きちんと後をついてくる。一日上乗せ、と脅したせいもあるかもしれないが。しかし、普段よりもかなり気を遣わせているのは銃兎も察している。女性の扱いは心得ていたつもりだったが、は規格外だ。終始気にしていなければ、彼女自身も気づかないうちに心身共に限界が来る。
 ……まあ、そこからの彼女の反応を密かに楽しんでいる自分もいるわけなのだが。

「お待たせしましたー」
「デザート、頼みます?」
「あー……。もうお腹いっぱいなのでいいですー」
「分かりました。それでは行きましょうか」
「え? 入間さん、お会計まだ――」
「先程済ませました。時間も限られていますし、次に行きますよ」

 先程よりも色濃くなったの唇が、また変なかたちに歪んだ。
 銃兎はようやく自分が優位に立てたと実感する。やはり、やられっぱなしは性にあわない。今日一日はこれまで自分を弄んだ仕返しとでも思っておくといい、と銃兎は薄ら笑みを浮かべてジャケットに腕を通した。







 人ごみは別に苦じゃない。買い物する時も人がいた方がなんとなく見やすいし、広い街の中に自分の存在が不特定多数の一部になれて、どこか気が楽だった。
 しかし、外に出てまだ数時間しか経っていないのにも関わらずこんなにもどっと疲れているのは、やはり隣にいる彼のせいだ。

「(心臓いたい……)」

 比喩抜きでその通りである。は歩きながら、何度胸の中心を手のひらで撫でたことだろう。
 は、涼しい顔をして隣を歩く銃兎を見上げる。ようやく、三秒くらいはまともに彼の顔を見れるようになった。ろくに顔を上げないに対して、銃兎は当たり前のように道路側を歩くし、まるで自分の荷物のような顔をしてショッピングバッグは持っているし、お腹が空いたと言わなくても程よいタイミングで近くのレストランに入るし(しかも予約済み)、メイク直ししているうちに会計は済んでいるし……の心労がたたる原因を挙げたらキリがない。
 どこまでハイスペックなんだろうこの人。銃兎に気づかれないうちに、はそっと地面を向く。これからどこに行くかも分からないのに、の足はただただ前へと進んでいく。立ち止まったら、一生懸命考えまいとしていることが頭の中からじわじわと湧いてきそう。むしろ、銃兎もそんな行き先のない彼女の行く方向へついて行っているようにも思えた。
 いやだな、早く帰りたい……そんなことをぶつぶつと思いながら、は煩悩を振り払うように次の一歩をやや大きく踏みこんだ。

「ッ、おいっ!!」

 隣から飛んできた怒声にはっとする。ブォン! と目の前で車が通り過ぎて、の全身から熱が消える。代わりに生まれたのは凍てつくような冷や汗。気がつけば、スクランブル交差点が視界全体に広がっていた。手首と肩を痛いくらいに掴まれて、が上を見上げれば、焦ったように顔を険しくさせている銃兎の顔があった。

「ちゃんと前見ろ! 危うく轢かれるところだったぞッ!」

 銃兎の怒声が鈍器になって、がつん、との頭を殴った。怒られた、と漠然と思って、脳をベルト状のものに締め上げられたようにきゅっ、と縮む。頭の中が真っ白、というより、ありとあらゆる思考を拒否するブラックホールに吸い込まれているようだった。

「すみ、ません……」

 ああ……。いやだと思っているのは、自分のことか。
 見たいお店はたくさんあるのに何一つ言えないし、パスタ美味しかったですねって共有したいのにそれもできない。歩幅を合わせて歩いてくれているのも、向かいから来る人とぶつからないようにあえて脇に寄ってくれているのも……全部気づいているのに、何も言えない。銃兎の前では喉が石になったように固くなって、それはぴくりとも震えなかった。

「……もう、帰りますか」

 銃兎の乾いた声に、は地面を見ながら目を見開いた。

「周りが見えなくなるほど、歩き回したいわけではありませんので。これからどうするかはあなたが決めてください」

 ぞんざいに扱われているというより、好意で尋ねているという感じがした。何が違うんだろう。この人は優しいからと分かっているからだろうか。
 立ち止まってしまったを見かねた銃兎に、近くのベンチに座るよう促される。はされるがままよろよろと座ると、銃兎もまた彼女と少し距離を開けてそこに腰を下ろした。

「……嫌なら、嫌と言っていいんですよ」

 喧騒に紛れて聞こえてきた声に、はようやく顔を上げることができた。銃兎の目は柔くも、どこかもの寂しげに細められていた。

「普段からそうですが、あなたは何でもそつなくこなす分、限界を知らずに無理をする嫌いがある。今日も、行きたくないと言えばこんな半ば強制的に連れ出したりしませんでしたよ」
「よく言いますねえ……。拒否権なんて用意してなかったくせに」
「おや、心外ですね。私はきちんと“誘い”と言いましたよ。力任せになったのは、あなたがない予定を理由に断ろうとするからです。嫌と言ったところで、あなたに対する評価は変わりません」

 なら言った方がいいでしょう? と副音声が聞こえる。それができたら最初からこんなにも苦労しないというのに。
 銃兎が今日一日何がしたいのか。今聞いたところでまともな返答は期待できない。自身の目的を完遂するまでは、味方といえど容易く欺く。彼はそういう人だ。
 面倒だとは、思わないのだろうか。すら知らない部分を、彼はどこまで掬い上げているのだろうか。小さい頃に頭の辞書から削除してきた言葉を、今ここで覚えろとでもいうのか。
 ふざけないでくださいよ。は心の中でそう罵りつつも、今すぐに出たいと叫びたがっている言葉の存在に、もうとっくに気づいていた。

「……ゃ、じゃ、な、い……です」

 よく、聞き返されなかったな、と思う。指のささくれをいじりながら、は飛び出しそうになる感情にブレーキを踏んで、もう一度喉を震わせる。

「服……買ってくれて、うれしかった、ですし……パスタも……おいしかったですし……意識してたか分かりませんけど、人ごみから、守ってくれて……たすかって、ますし……」

 長い間、好意の受け取り方が分からないでいる。今までは謙遜と愛嬌を交ぜた対応でどうにかなった。それしかできなかった。その裏で、満たされない枯れた心ばかりが肥大化して、いくら少量の水を与えてもらっても、すぐに乾くばかりだった。

「ただ、いきなり……銃兎さんに、こんなことされて、どうしたらいいか……わかんない、だけで……」

 しかし、銃兎は違う。彼は、水どころか心を丸ごと湖に投げ込むような男だ。もはや飲まざるを得ない水に窒息しそうになる。泳ぎ方だって知らないのに、溺れさせて、沈ませて……その先のことが分からないから、投げ込まれる前に逃げたくなる。
 苦しいことは……おそらく、ない。分かっている。だって、銃兎さんは優しいから。彼の行動ひとつひとつには絶対的な意味がある。知っている。でも、誰だって暗がりの森に灯りを向けるのは怖い。目を瞑ったまま、見知らぬ物体に手を伸ばせない。
 は、思っている以上に自分が臆病なのだと知った。長らく、そうでない自分をつくりあげて、顔に貼りつけていたものだから。

「……そういう風に、少しずつ心の内を明かしてくれれば、それでいいです。決められなかったら、決定権だけ私に委ねればいい」

 今の陳腐な言葉で、彼が何を汲み上げたのかわからない。の横目で、銃兎が体を捻って何かを探っているように見えたので何事と視線を向けると、彼は自身のスマホをに差し出した。

「ここから少し行ったところのアクアリウムで、20時からナイトショーが催されるようです。あなたの都合がよければ見に行きませんか」

 海底をモチーフにされた凝ったホームページ。下へスクロールする度に泡とももに施設の紹介ページが次々に表示される。ここ、わたしが前に行きたいんですよねって言ったところじゃないですか。あの時は運転中だから話しかけんなってあしらったくせに。
 は自分よりも銃兎の二面性に底知れない恐怖を覚えた。そして、彼の優しさに甘えて、はほんの小さく頷く。案の定、銃兎はからスマホを受け取ると、「では、それまで時間もありますし、どこかのカフェで時間を潰しましょうか」と言った。自然と自分へ差し出される彼の手に、また胸が塞がりながら。
 手は、取らなかった。ただ、彼の手のひらに指先を添えただけ。立ち上がった後、さっきよりも足がなんとなく軽いと思った。知らない間に疲れていたのだろうか。もしかして、それを見兼ねて少し休ませたかもしれない、なんて。

「あの……ッ、銃兎さん……っ」
「はい?」
「手……もう……」
「嫌ですか?」

 普段は手袋で隠されている綺麗な指に絡めとられる。銃兎がこちらの顔を覗き込みながら、全女性が卒倒する笑みを浮かべるものだから、のほとばしる熱は頭のてっぺんまで一気に駆け上がった。
 ほんと……そういうところですよ。嫌じゃないと、恥ずかしいと……この口はまだ言えない。断ったところで、あんなことがあっては心配だとかなんとか言うんだろう。絶対に前世でいじめっ子を四度くらい経験しているはずだ。
 結局、無言を同意と見なされて、そのままは銃兎に手を引かれた。肉付きがあまりない、骨ばった手。普段見ることのない、銃兎の一部。まるで、彼の深いところまで入り込んでいるような。
 そこまで考えて、は慌てて思考にストッパーをかける。顔がわっとまた赤く火照り、耳の付け根まで真っ赤になっている気がして、は思わず片耳を空いている手で隠したのだった。







 まるで、宇宙を浮遊する小惑星だ。小さなクラゲの群れを飽きずにぼんやりと見つめるを、銃兎は暗がりでそっと盗み見ていた。
 昼よりも夜の方が一緒にいてどこか落ち着くのはなぜだろう。時間をおいてやってきたナイトショーは思いのほか閑散としていた。特に、今は別の施設で深海魚のレクチャーをやっているせいか、銃兎達のいるコーナーは人がほとんどいない。クマノミやタツノオトシゴ、小さな生物が集まるここに、は何十分も留まっている。まるで、何かを切り出したいかのように。

「銃兎さんって、何かが捕食されているところ見るの好きそうですよねえ……」
「人の残忍のように言わないで頂けます? まあ……好きか嫌いかといえば、といえばそうですが」

 「やっぱり」水槽から目を離さず、は陰を含んで笑う。昼時よりも肩の力が抜けている……いや、色々諦めた、といった方が近い様子だった。
 の横顔を見るたび、銃兎は以前叩いてしまった彼女の頬を気にしていた。ぴく、と彼女と繋いだ右手の震えから何かを感じ取ったのか、がふっと水槽から顔を上げた。

「……もう、痛くないですよ」

 泡のように、互いを結んでいた線が消える。ぱ、と繋がれていた手が離れて、は開きかけた銃兎の口を制すようにそう言った。水槽の電子音にかき消されそうになる声。薄暗がりなのをいいことに、は今日初めて銃兎と目を合わせた。

「謝らないでくださいね。全部、わたしが悪いので」

 一方的に会話を切って、は再び水槽に視線を戻す。捉えられないうちに早く、とクラゲに逃げるようにも見えた。
 海には、朝も夜もない。時間という概念もなく、人の目に触れない生物は弱肉強食の元で水の中で揺蕩うだけ。このまま彼女が海底に沈んでいく幻を見て、銃兎は静かにこう言った。

「……あなた、明日から来ないつもりでしょう」

 の動悸の音が聞こえたかと思えば、それは、あは、と彼女の口から漏れた微かなわらい声だった。

「バレました?」
「私を甘く見ないで頂けますか。今のあなた、あの日の突入前夜のような顔をしていますよ」

 ――「……それ、今まで言われた言葉の中で一番嬉しいです」

 綺麗に笑うほど、は嘘の孤城を築き上げていく。あの日だって、一人静かに悶々とした本音を抱えながら、城ごと破壊されるのを願っていたにちがいないのだ。

「明日から普段通りに業務ができるほど……わたしも器用じゃないので。自分で言うのもなんですけど、研修の時、中王区の役人さんに好印象だったんですよ」
「言ったはずですよ。死に物狂いで働いて償えと。言うなればそんな脱獄をするような真似、私が許すと思います?」
「なら、なんでこんなことしたんですか?」

 ついに、が銃兎に体を向ける。それは、彼女なりの限界の合図だったのようにも思えた。今、彼女の中でどれだけの感情がせめぎ合っているのかは、銃兎では計り知れないことだった。

「さすがに、途中から思ってましたよ……。薄々、そうなんじゃないかって。仕事も緩いし、日に日に優しくなってくし、距離も、だんだん近くなって……。そのたびに、頑張って突き放そうとしてるのに……今日、こんなことされて」

 震えていく体を抱きしめるように、は前のめりになって両腕を抱えた。

「言うつもりも……勘づかれるつもりも……なかったのに……っ。わたしはただ……銃兎さんの好きに使われれば、それでよかったのに……ッ」

 の苦しげに歪んだ顔を見て、銃兎は初めて自分のしたことに一縷の後悔を抱いた。
 幸福に浸ったことのない体をしていた。そうやって一人で自分自身を慰めて、他人から見たら贖罪ような僅かな望みに縋っている。
 いつ……気がつくのだろう。罪の償い方は罪人で決められないものなのだと。法の下から手を引いた銃兎自身に、彼女は裁きを求めている。抱いてはいけない感情すら罪だと決めつけるその自己犠牲的思考……それを助長したのは、銃兎を信頼するの忠誠心だった。

「その他のことはおいておいて……仕事面で、私は優しくしたつもりはありませんよ。緩いと思うのは、あなたのスキルが向上しているからでしょう」
「どうだか……。わたし、知ってるんですよ。銃兎さんが物量計算しながら仕事回してることくらい」
「あなたが倒れては全体の効率が悪くなるんですよ。そうなれば、私の仕事が余計増えるだけです」
「労基に違法ですか? 隠蔽工作なんてお手の物でしょう」

 だんだんとふてぶてしくなっていく。何を言っても納得しないであろう彼女に、銃兎は深々とため息をついた。

「……要するに、あなたは労働以外のものを裁きとして望むこということですか?」
「言うなれば、そうですねぇ……。女のわたしなら、他にも色々使い道はあるでしょうし」

 天邪鬼以外のの欠点を上げるとするならば、時折覗かせる驕りだろうか。彼女は強気な態度を崩さずに、意味深に言い放った言葉を取り消さない。
 そして……彼女の数少ない弱みを見逃すほど、銃兎は優しい人間ではなかった。

「……分かりました」

 銃兎は一枚のルームキーを取り出す。の目の前にそれを掲げると、彼女は面白いくらいに目を丸くさせた。

「どちらにしろ都合が良い。この先にあるホテルを予約しているんです。元々は夕食を目的でとったものですが、あなたがそういうつもりなら有効に活用しなければ勿体ないですよね」
「銃兎さん……?」
「ああ、ちなみに、夕食のビュッフェはちょうどこの時期に有名なシェフが来店しているようです。あなたの好きなライブキッチンですよ。時間制限もありませんので、思う存分食べてくれて構いません」
「銃兎さんッ!」

 初めて、の張り詰めた大声を聞いたかもしれない。涼やかに彼女を見下ろせば、なんで、と言いたげなの顔があった。

「“好きに使われたらそれでいい”……そう言ったのはあなたです。女性の一夜は決して安くない。贖罪の対価としては十分かと思いますよ」
「わ、わたしは……っ、そんなつもりで言ったんじゃ……というか、銃兎さんに何のメリットが――」

 すでに引けているの腰を銃兎は容赦なく引き寄せる。この間のように慈悲など孕んでいない。拒否権もない。嫌だと言おうが聞く耳を持たない。なぜなら、これは罰だからだ。怯えようが、なにをしようが、もう彼女を逃がす気は毛頭なかった。

「言ったでしょう……? あなたの化けの皮が剥がれる様を見るのが楽しいと」

 上っ面や虚言をなくしたあなたがどんな風に豹変するのか……大変興味があります。
 の耳に唇が触れるくらい、そうっと近づいて。銃兎が艶めかしくそう吹き込んでやれば、の身体は氷水に落とされた雛のようにぶるッ、といたいけに震えた。