羊毛に埋もれて夢を見たい
「……は、」
会社のビルを出て、歩いて数分――俺はショーウインドーに映った自分の姿を見て戦慄した。
「なッ……ななななあぁッ……!?」
頭の上に、本来人間にあってはならないものがあった。犬の耳のような、それにしては少し尖っているような……とにかく、俺の頭に獣の耳らしきものが二つ生えていたのだ。
俺は慌てて人目のつかないところに移動して、頭の上に手を這わす。それは幻でもなんでもなく、きちんと毛の感触がリアルに伝わってきて泣きそうになった。しかも微妙に生暖かいし、触られているという感覚があるので、この耳にはご丁寧に俺の神経が通っているといういらない情報を得てしまった。
い、いつからこんなことにッ? 午後からは普通に営業してたし、クライアントに会う前に鏡を見た時もこんなものは生えていなかったはずだ。
「(とっ、とりあえず先生に……っ! 先生に相談しないと……ッ!)」
そう思っていたら、ちょうど携帯が震えた。ディスプレイの表示を確認するとからだった。そういえば、まだ帰宅する連絡を入れていなかったことに気づいた俺はやばい、と思いながら画面を開いた。
早く出たいのに、あれ? こういう時はどっちの耳に当てればいいんだ? などとどうでもいいことを考えてしまってタイムロス。一応どっちの耳も試してみたらどっちも聞こえた。なんとなくこの得体の知れない耳の方が聞こえがいい気がする。いや今はそんなこと言ってる場合じゃない!
《もしもし独歩くん。です》
川のせせらぎのようなの声に、慌てた心がほっと一息ついたのが分かった。と同時に、終電間際まで働いてようやく家に帰れるっていうときに、なんでこんな珍現象に見舞われなきゃいけないんだ、と涙腺が緩む。くそう。世界はやっぱり俺のことが憎いのか。
俺からの返事がなかったからか、《独歩くん。どうかしましたか》と電話口の向こう側でが言う。ああ、こんな俺を心配してくれるにまたさらに泣きそうになってしまう。
それはそれとして……家に帰ってきて、突然獣の耳が生えた夫を見たら、に軽蔑されるかもし れない。い、いや、軽蔑はしなくともかなり驚くだろこんなものが生えてたら。そう思った俺は、の用件を聞くよりも先に口が動いていた。
「っ、い、今から言うことを落ち着いて聞いてくりぇッ」
《はい。落ち着いて聞きます》
噛んだ。落ち着けていないのは俺の方だった。んん゙ッ、と咳払いをして、夜の空気を体いっぱいに取り込む。すーっ、はー……と深呼吸して、単刀直入に言った。
「じ、実は……」
《はい》
「頭の上に……その……生えてるんだ」
《生えてる?》
「動物の耳……? みたいな、ものが……」
いや何を言ってるんだ? と俺自身でさえ思う。案の定、受話口の向こう側はしん、と静まり返っている。するとじきに、ふう、と浅い呼吸が聞こえてきたと思ったら、はこほん、と小さな咳払いをした。
《わかりました》
「え……? ほ、本当に……?」
《はい。ケモ耳が生えた独歩くんですよね。わかりました》
こ、これってけもみみって言うのか……? さすがは、物知りだな――じゃなくて、なんだかいつも以上にが冷静な気がする。適応力が半端じゃない。
《そういうことなら、人目は避けて帰ってきたほうがいいですね。電車だとどうしても目立ってしまうので、タクシーを捕まえるのがおすすめです。あとはお弁当の包みを頭に被るとか》
「あ、あぁ、わかった……。あ、ご、ごめん、それで、の用件は……?」
《私の方はもう解決したので大丈夫です》
「えっ? も、もう解決したのか?」
《はい。今日のメインをホッケかサーロインステーキ、どっちにしようか迷っていて。今日の独歩くんはどの口かなと思って電話をしましたが、聞くまでもなかったですね》
今日はお肉のフルコースです。楽しみにしていてくださいね
俺の妻が落ち着きすぎていてかっこいい。なんだか一人で慌てていた俺が馬鹿みたいに思えて、「あっ。は、はい……」とぎこちない返事をして、通話は終わった。俺はの言った通り、弁当の包みを頭に被って、駅のタクシー乗り場へそそくさと向かった。なんだかこそ泥の気分だった。
玄関の前に着いてまず感じたのは、今まで生きてきた中で嗅いだことのないくらいとても良い香りだった。
「(な、なんかものすごく良い匂いがするぞ……?)」
よっぽど空腹なのか、それだけで口の中が唾液で満たされる。尋常じゃない量に違和感さえ覚えながら、俺は家のドアを開けた。
「おかえりなさ——」
玄関先で出迎えてくれたの言葉が止まる。それはそうだ。電話で話したのと実物を見るのとじゃあ、想像していたものとどうしてもギャップがある。ああ、せめてに嫌われませんように……。
「……わお」
「さ、さすがのも実際に見たらびっくりするよな……」
「はい。想像以上の可愛さで、さすがの私もびっくりです」
「そうだよな可愛——へ? 今なんて?」
「せっかく帰宅したところすみませんが、夕食の支度がまだ途中なんです。なので、先にお風呂に入ってもらえると嬉しいです」
分かった、と頷いた俺は、その足で脱衣所に向かった。服を脱ぎながら、洗面所の鏡に映る自分の頭の上をしげしげと観察する。
獣の耳から伝わる生暖かい体温や軟骨の感触がやけに現実的で——実際、もう変わりようがない現実なのだが——これ以上見ていたら目眩がしてきそうだったので、俺はさっさと浴室にこもった。
「(犬の耳……なのか……? これは……)」
それでも髪を洗うたびにこの耳に触れることになるので、意識をせざるを得ない。おまけに、バスチェアに座ろうとしたら尾てい骨のあたりに何かがあるな、と思ってふと見てみたら、身に覚えのない赤毛のしっぽが生えていた。
水気を帯びてぺしょん、と垂れている獣のしっぽ。俺は数分無言の末、はあ……、と疲労が混じった溜息をついた。
「(もう、なんでもいいや……)」
ほどほどに疲れていた俺は考えるのを放棄した。
リビングのドアを開くと、玄関の前で嗅いだものと同じ匂いがふわんと香っていた。
「(良い匂いだぁ……)」
うっとりと目を蕩けさせていると、カーペットの上でぺたんと座っているがちょいちょい、と手招きをする。それを見た俺は、ふらふらと誘われるようにしての前に座った。
なんだろう、この抗えない感じは。いや、普段から俺はに頭が上がらないのだが、今日はなんというか、体が先に動いてしまうような……? そんなは俺の頭上を見たり、手元のスマホの画面を見たりしている。
「独歩くん。少し調べてみましたが、たぶんそれはオオカミの耳かと」
「お、オオカミ?」
たしかに鏡で見たとき、犬にしては耳の形もなんとなく細長かったような気がする。まぁ、犬だろうがオオカミだろうが、動物の耳には変わりないんだろうなぁ、と苦笑いをしてしまいたくなる。オオカミにしろ犬にしろ、なにがどうしてこんなことになってるんだろう。
「はこれについてどう思う……?」
「とても可愛いと思います」
「あ、いや、そういうことじゃなくてだな……」
俺が聞きたかったことは、なぜこんなことになってしまったのか、ということだったのだが、勘違いをさせてしまったらしい。あと、がやけにうきうきとしているのは気のせいだろうか。たぶん気のせいだよな、うん。
「やっぱり、今から先生に連絡して相談を――」
「それも一つの手ですが、今日はひとまずいつも通り過ごしてみて、明日になっても元に戻らなかったら先生に相談してみるのもありです。もう日付を超えていることですし」
「あ……。そ、そうだな。そうしたほうがいいかもしれない」
「はい。ぜひそうしましょう」と言って、はうんうんと頷いている(やっぱり、どことなく嬉しそうに見えるのはどうしてだろう)。
まあたしかに、耳としっぽが生えたくらいで(耳としっぽが生えたことだけでも異常事態なのだが)、痛いところや苦しいところがあるわけじゃない。なにより、こんな深夜に先生のところに押しかけるのも迷惑だろう。もし俺が一人だったらパニックを起こして今頃先生をたたき起こしていたかもしれない。いかなることがあっても冷静沈着なを見習いたいと思った。
「せっかくのもふもふ独歩くんですし、今晩中に終わってしまったらもったいないです」
「え? も、もふ?」
「さあ。お肉が固くなってしまうので、さっそく食べましょう」
によって招かれたダイニングテーブルの上を見て、頭の上にある耳がぴんっ! と立ったような気がした。というのも、目の前にはそれはもう食べなくとも見た目だけで舌を巻くレベルの肉料理がずらりと並んでいたからだ。
肉巻きおにぎりから始まり、豚の生姜焼き、つくね串、サーロインステーキ――どれもこれもメイン料理ばかりで俺の目は燦々と輝いた。なるほど、玄関から香っていたのはこの匂いだったのかもしれない。
「ステーキ以外は即席で作ったものなので、味にあまり自信がないんですが……」
「いやいやいやっ。あの電話からこれだけ作ってくれるなんて十分すぎる……っ!」
「ならよかったです。あと、胃もたれ予防にサラダもありますが、独歩くんは――」
「あ、いや、お、俺は肉だけで……」
「今の独歩くんはオオカミですからね。体になにかあってからでは遅いので、草系は控えましょう」
「これは私が責任をもって食べます」と言って、サラダボウルをそそ、と自分の方へ引き寄せた。手を合わせたら、俺はさっそくサーロインステーキにかぶりついた。
「うまいっ!!」
「それはよかったです」
うまいっ、うまいぞっ……!! 肉厚かつジューシー……噛んだところからじゅわっと肉汁が溢れて、脂身のところも歯で噛みちぎれるくらい柔らかく焼けている。
無心で食べ進めていると、しゃくしゃくと軽快な音が聞こえる。正面を見れば、がサラダボウルから直接葉物を食べたり、時々サーロインステーキをサンチュで挟んでむしゃむしゃと食べていた。
ああ……ステーキよりも、なんだかこっちの方がいいなぁ……。なんて無防備で愛らしくて美味そうなんだろう。今すぐその体に牙を――
「(あ、あれ? 今、俺はなにを……?)」
「独歩くん」というの声に、俺はテーブルから顔を上げた。
「な、なんだっ?」
「よだれが垂れています」
ちょんちょん、と口の端をつついたと同じ行動をすると、指先に湿った感覚があってぎょっとした。慌ててティッシュで拭うが、口の中からはよだれが次から次へと溢れてくる。なっ、なんだこれっ!?
「ごっ、ごめんッ。みっともないところ見せて……ッ!」
「いえ。これもオオカミの影響かもしれませんね」
「えっ? そ、そう、なのか……?」
「はい。今の独歩くんは肉食なので。お肉を目の前にして平静を装うのも難しいかと……ん、ほんとうにおいしいですねこのお肉」
説明をしながら手を動かして肉と葉物を食べている。ただそれだけなのに、俺は穴が空いてしまうくらい彼女にじーっと見入ってしまっていた。
そのもぐもぐしている頬に牙を立てたら、どんなに気持ちがいいだろう。薄くて滑らかなその皮膚を、やわらかそうなその肉を……俺の口内で満たしたら、そうしたら――
「独歩くん?」
「はっ、はいッ!?」
「お肉、足りませんか」
へ、と我に返る。目の前にあった肉料理はいつのまにかなくなっていて、相変わらず口の端からは唾液が零れていた。あ、あんなにあった肉をもう食べ終えたのか? 俺が 全部?
どうやら、考えごとをしながら手と口は動いていたらしい。に言われて初めて気がついた。それくらい目の前の××に没頭していた。肉が足りない……そうだ、足りないのだ。決定的ななにかが。
「困りました。あとはハムとソーセージしかなかったような……」
椅子から離れて、冷蔵庫の前に立ったを背中を見ていたら、体がぞくん、ぞくん、と震え始める。××が背中を向けたぞ。これはチャンスだ。
本能に誘われるようにして、俺は××の背後に立った。「やっぱりないですね。冷凍庫は……」と一生懸命俺の食料を探している。おかしいなことを言うなぁ……。俺の××なら……エサなら、すぐ目の前にあるのに。
「独歩くん?」
声をかけられてはっとした。俺の手はの肩に添えられていて、これでもかってくらい爪が深く食いこんでいた。見るからに痛そうに見えて、全身から一気に力が抜けた俺は、そこからふらふらと後ずさりする。
「ぁ、あ……ッ、、っ。すまない……ッ」
「いえ、ちょうど肩のツボに当たっていたので痛気持ちよかったです。やっぱり豚肉や牛肉の方がいいですよね」
「なにか代わりになるものは……」と引き続き俺のために食材を探してくれている美味しそうなエサ……いや、だ。違うんだ、ハムとソーセージが嫌とかじゃなくて、違うんだ。そうじゃないんだ。俺は、俺は……ッ――
「独歩くん、ありました。冷凍のスペアリブですが、解凍するまで少し待ってくれたら食べられ――」
が冷凍庫を閉めた瞬間、俺は両肩を掴んで彼女の背中を壁に押し付けた。エプロンの隙間から覗いた白い首筋をじゅうぅッ、と強めに吸うと、甘くて芳醇な味が口の中を満たした。
これだ……この匂いだ。玄関から香っていたのは肉料理じゃない。スペアリブよりも、俺はこっちの方がいい。少しでも長く食べられるようにかぷ、かぷ、と弱く噛む。の首はしっとりと湿っていて、少しだけしょっぱい。その生々しい味にさらに欲が膨れ上がった。
「っ、ん……」
ぴくっ、との体が微かに震えて、頭の中を支配していた食欲がぱっと晴れる。顔を上げたそこには、うっすらと俺の歯型が残った首筋と、はぁ……、と熱っぽい吐息を漏らしているの顔があった。
「ぁっ、ああぁぁ……ッ! ご、ごめん……ッ、……ほんとに、ごめん……ッ!」
なんだ。なんだこれ。なにがどうなってるんだ。体が言うことをきかない。を食べることしか考えられない。これもオオカミになった影響だっていうのか? 情けない。俺のためにこんなにも尽くしてくれる妻を食料として見てしまうなんて。
ごめん、ごめん、と何度も何度も謝って、目の前が真っ暗になってきたその時、ぽふん、と俺の頭の上にの手が乗った。
「おなか、空きましたね。たくさん我慢をさせてしまってすみません」
の手がオオカミの耳の間を行き来している。優しく撫でてくれているのだと分かって、無意識にぐるぐると喉が鳴った。
「大丈夫。大丈夫です」と何度も言ってくれるの優しさに目の奥が熱くなってきて、「ごめ、ん……」とか細い声で、俺はもう一度謝った。
「謝る必要なんてないんです。独歩くんが私でおなかいっぱいになるのなら、私は独歩くんが満足するまで頂かれてもいいです」
「へッ? い、いいのか……っ?」
「はい。ただ、今は汗をいっぱいかいていてあまり美味しくないと思うので、お風呂に入ってきてからでもいいですか」
「えっ。それはそれで旨みがあるから俺はそのままの方が――あ、いや、なんでもっ、なんでもないですッ」
「そうですか。なら、いい子にして待っていてくださいね」
が俺のことを犬……いや、オオカミ扱いしている。どうしてそんなにも話が分かる女性なんだろうは。話が分かりすぎてやっぱり違和感が――ああ、もうなんでもいい。にありつけるならこの際なんでもいい。違和感なんて知ったことか。
が風呂から上がるまで、“待て”ができるように……をうんと強く抱きしめて、今のうちに彼女の匂いを堪能しておく。が抱き締め返してくれると、俺の後ろでしっぽがブンブンと勢いよく動き始めた。
あと数十分もすればこの体を心ゆくまで堪能できる――そんな未来を想像するだけで背中がぞくぞくとする。あと少し……あともう少しだけを繰り返して、俺はと一つになることだけを考えていた。
ヴーッ、ヴゥーッ――
どこかでなにかが震えている。重くてだるい上半身を起こすと、見慣れた会社のデスクが目の前に飛び込んできた。
「(あ、あれ……? なんで俺のデスクがここに……?)」
どうやらデスクに突っ伏して寝ていたらしい。外は暗く、オフィスには俺以外に残っている人間はいなかった。
おかしい。俺はさっきまでたしか自分の家に――未だに状況が掴めないながらに、体はまだ仕事モードのようだ。頭が真っ白のまま、俺は携帯を手に取っていた。
「は、はい……。観音坂ですが……」
《もしもし独歩くん。です》
聞こえてきたのは、さっきまで話していたはずのの声。「あ、あれぇ……?」と思わず裏声になってしまうと、《どうかしましたか》とが不思議そうに言った。
「お、俺って、いっかい、家に帰らなかった、っけ……?」
《営業回りの途中で、ということでしょうか。昨日は忘れ物を取りにお昼過ぎに帰ってきてくれましたが、今日は一日中一人でした》
え……。それじゃあ……今までのは、ぜんぶ……?
じわじわと理解が追いつくにつれて、頭にがつん、がつんと何度も衝撃が走って、「ひえぇ……っ」と変な声が出た。今度こそ現実にいるというのに、改めて夢から醒めた気分だった。
「そっ、そうだよなっ! 帰ってないよなっ! ごめん変なこと言って! 今のは忘れてくれッ。あっ、そ、それで、は俺になにか用だったかっ……?」
《はい。今日のメインをホッケかサーロインステーキ、どっちにしようか迷っていて。今日の独歩くんはどの口かなと思って電話をしました》
夢のことは忘れよう! と、話を逸らそうとしたのが仇となった。夢の中で聞いたものとまったく同じ台詞だと思った瞬間、もやがかっていた夢の内容がぐわっと思い出される。
食欲と性欲がごちゃまぜになった、ありとあらゆる自分の言動……夢なら夢だけで終わってほしいのに、今の俺は顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしている。を抱きしめたその先を思い出しそうになってからはもう耐えられなくて、俺は椅子からがたっと立ち上がった。
「ホッケでっ!! ホッケでお願いしますッ!!」
《ホッケですね。分かりました。もうすぐ終電ですが、今から帰ってこれそうですか》
しゅばッ、と俺は素早く腕時計を見る。今から走れば間に合う……か? どうだ? ギリギリ無理か? いや、気合いで間に合わせてみせる!!
今からすぐに帰ることをに伝えて、電話を切る。荷物をまとめてオフィスを出て、エレベーターで地上に降りてからは陸上選手も驚くほどの脚力で地面を蹴りあげた。これでもかっていうくらい全速力だ。
なんであんな夢を見たんだ? 欲求不満かっ? そういうことなのかっ? というかなんだよオオカミって。どこのおとぎ話の世界だよ。走っている途中でも夢の内容が事細かに思い出されてしまって足が鈍りそうになる。恥ずかしい! 汚らわしい! 今目の前に穴があったら頭から突っ込みたい!
「(まっ、負けてたまるかぁっ!!)」
があたたかいご飯を作って待ってくれているのだ。ビジホに泊まるなんて絶対に嫌だ。夢に囚われそうになる精神をぐしゃぐしゃっと丸めて、俺は地平線の彼方へと投げた。
おかえりなさい独歩くん――その一言を一秒でも早く聞くために、俺は夜のシンジュクで終電ダッシュをきめたのだった。
