瑠璃のなみおと



 たまには街に出て飯食わねえか――チームメイトからそう誘われるのは、初めてのことではない。最初のうちは何か目論見があってのことか、と理鶯は疑ったものだが、時間を重ねていくうちに、こちらの身を気遣っての言葉だと理解した。そして、そういう日は決まって左馬刻か銃兎の財布で馳走になる。その日の目玉になるはずだった獲物達は自身の朝食として化けることが常だった。
 その日は、銃兎が任務で不在にしていた。よって、男二人飯――本日の財布役である左馬刻が、「理鶯は何食いたい」と尋ねてきた。なんでもいい――普段と変わらない回答を言おうとした時、ふと、頭に過ったことがあった。

「……中華が食べたい」







 「ここのオーナーとは昔馴染みでよ」そう言って、左馬刻が連れてきてくれたのは、とある中華料理店だった。建物自体は綺麗とは言えないが、客の出入りは外から見ているだけで察することができた。ふわふわとした香しい匂いが、理鶯の空腹をさらに助長させた。
 黒い長袍チャンパオを身に纏ったウェイターに案内され、円形テーブルの前に座る。ちろ、と視線を散らばせると、この店の従業員は全員中国系の服を着ていた。左馬刻曰く、「オーナーの趣味なんだわ。店自体はこんなんだが、味は保証するぜ」とのこと。左馬刻のお墨付きならば安心だ。なおさら楽しみになってきた。
 席に案内してくれたウェイターが去ると、今度は店内で忙しなく働いているウェイトレスらに目がいく。彼女たちもまた、色とりどりのチャイナ服で着飾っていた。
 ――ふと、誰かが近づいてくる気配がする。カラン、と涼し気な氷の音がしたと思えば、テーブルの上に人型の影ができた。

歡迎ようこそ。いらっしゃいま――」

 テーブルの前に来たウェイトレスと目が合った。柄にもなく言葉をなくしてしまったことについては、正面に座る左馬刻にも伝わっていたことだろう。

「……、」

 ウェイトレスの名を呼んだら、なぜかさっと目を逸らされてしまう。まるで赤の他人かのように、彼女はてきぱきと水とおしぼりだけを自分達の前に置いていった。

「今日はここで働いていたのだな」
「本日のおすすめは海老とレンコンの春巻です」
「それはこの店の仕事着か。よく似合っている」
「ご注文が決まりましたらお手元のベルでお呼びください」
「手紙では中華料理店と聞いていたが、まさかこの店だとは思わなかった」
「失礼します」

 そう言って、は浅く頭を下げ、すたすたと去っていってしまった。結局、一度も目が合わなかった。終始かたことの日本語だったが、丁寧語をさらさら使いこなせるようになったの成長に、さすがだ、と理鶯は感心する。
 「理鶯」正面から、左馬刻の声が飛んでくる。顔をそちらに向けると、「あー……その、なんだ。あっちも忙しいんだろうよ」と左馬刻にしては歯切れの悪い言葉を漏らした。「ああ。客の出入りを見る限り、そうだろうな」理鶯は相応の返事をして、すぐさまの背中に視線を変える。彼女がバックヤードに消えるまで、そこから目が離れることはなかった。
 が身につけていた白のチャイナ服――中国では旗袍チーパオと呼ぶものらしい――彼女の黒髪との対比がとても美しかった。ラインの出た腰やスリットから覗く足は、最初に会った時よりも肉付きが良くなっていて、きちんと栄養を取っていることに理鶯は心から安堵した。「つか、」

「あれ、例の女か」
「左馬刻の言う“例の女”というのが誰を指しているのか分かり兼ねるが、貴殿の事務所にナイフを送ったのは彼女だ」
「モデルやってるって話じゃなかったのかよ」
「ああ。しかし、最近は知人の紹介で、様々なところで短期間働きに出ているらしい。曰く、良い社会勉強になるとのことだ」

 今言ったことは、すべてから送られる手紙での内容だった。手紙の中のは前に進もうという強い意思が伝わってきて、理鶯はとても好感を得ていた。
 しかし……なんだろう。実際に見ていると、なぜか、こう、体が疼いて仕方がない。日本語は客に伝わるだろうか、当方のサポートは不要だろうか――らしくもなく不確かなことに頭が回って、メニューがまるで頭に入ってこなかった。

「……しかし、あの理鶯がなァ」

 独り言のような声色だったが、理鶯は左馬刻に注目した。左馬刻は煙草の先端にジッポを当てている最中で、後に、彼の口から吐き出された紫煙が自分の周りを浮遊した。

「お前、軍人っつーわりには情に厚い男だからよ。命拾ってくれた女に気ィかける理由も分かるが、そういう線引きは上手い方だろ」

 その言葉を飲み込むまで時間がかかった。それが人との距離間の話だと理解した理鶯は、僅かに首を傾げる。

「……左馬刻の目から見て、小官はに執着しているということだろうか」
「執着っつーか……まあ、特別気にかけてる女くらいにしか思ってねえよ」

 む、と理鶯は口を結ぶ。何かの執着心が、状況によっては命取りになることがある。食料然り、仲間の命然り。ここは戦場ではないが、理鶯は軍人としての心を捨てたわけではなかった。
 左馬刻は冗談を言う男ではない。無自覚のうちに、自分は彼女のことを懐に入れすぎているというのだろうか。だがしかし――一向に思考が進まない中、左馬刻が溜息混じりにこう言った。

「別に、善し悪しを測ろうって言ってるわけじゃねえ。どっちにしろ、大事なもんってのは変わらねえんだろ」
「ああ」
「とりあえず、それくらいの認識でいんじゃねえ? 守るもんがあるってだけで、どんな窮地でも生き返れるもんだ」

 理鶯は目を丸くする。煙草から口を離した左馬刻は、どこか遠い昔を見るような目をしていた。

「……左馬刻にとっては、妹がそのような存在か」
「おーよ。走馬灯の中にいた合歓に何度命拾われたか知れねえ」

 守るもの――それは、一理あるかもしれない。昔の戦友の中に、家族がいた者もいた。独り身よりもその人間の方が窮地の際、精神力は誰よりも強かった。帰る場所があり、御国の他に守るべきものものがある者の強さは、理鶯の目にはいつも眩しく映った。
 ……自身も、彼らのようになれるのだろうか。理鶯がさらに意識の底に潜っていると、「ん」と左馬刻が小さく声を漏らした。

「俺、麻婆豆腐にするわ」
「写真を見る限り、随分と辛そうだな」
「今日は辛いもの食いたい気分なんだよ。理鶯、お前は何にする」

 現実に浮上した理鶯はようやくメニューに集中することができた。フカヒレの醤油煮込み、あんかけチャーハン、トマトの卵炒め――どれも捨てがたいが、とりあえずは、が勧めてくれた春巻を食そうと思った。
 春巻。そう言うと、「んじゃああとは適当に選ぶぞ」と、左馬刻は再びメニューに視線を落とした。
 ――不意に、本能に呼ばれた気がして、理鶯は店内に目をやった。すると、バッグヤードから出てきたがいて、すぐさま釘付けになる。彼女は両手に大皿を持っていて、その様はまるで熟練のウェイトレスだ。なぜか、左馬刻の苦笑が聞こえたが、至急の要件ではないようなので特段構わなかった。
 が皿を持っていったのは、男性のグループ客が座るテーブルだった。彼女は何かを言いながら――大皿に盛られた料理名だと推測する――テーブルの中央に皿を置いた。の仕事はこれで終わりのはずが、中々その場から離れる気配がない……否、離れられなさそうになかった。
 よくよく観察してみれば、男性客の一人がに対して何か話しかけているようだった。彼女が立ち去れないよう、腰付近に腕まで伸ばして。男の口はぺらぺらと動いていて、その表情から、下賎な言葉を言っているということは雰囲気で見て取れた。他の男達も何やら茶々を入れており、その口元は愉しげに上がっている。
 が何もしないことをいいことに、男の調子が右肩上がりになっていく。そして、近づいていた男の手がの腰を――

「理鶯。りィーお。待て」

 はたとする。左馬刻に声をかけられて初めて、理鶯は自身が椅子から立ち上がっていることに気づいた。そうして、内側からふつふつと湧いているものの正体にも。自身は今、これまでになく憤慨している。

「あの女の社会勉強なんだろ」
「あんなことは習得不要だ。直ちに彼女を救出すべきだと小官は判断した」
「んな殺気立って言うんじゃねえよ。ここは店ん中だ。人目もある。ああいうのは、こういう時にどうするべきか、自分で決めさせんのが一番だ」

 「自分で振り切るか、助けを呼ぶか」左馬刻は至って冷静だった。おかげで、体の中で沸き起こってきた熱が、彼の態度に感化されて少しずつ静まっていく。それでも穏やかとは言えない心持ちであるため、理鶯が椅子に腰かけることはなかった。
 ……すると、がハンディを片手に何か打ち始めた。何をやっているのか、と考えている間に、バックヤードから屈強なボーイ二人が出てきて、と客の間にずいっと割り込んだ。自分達よりも体格のいいボーイ達を見て、彼女にちょっかいを出していた男の顔がみるみるうちに青くなっていく。他の男達も同様だ。ボーイ達が彼らに何か言うやいなや、男達はゆっくりと席を立ち、彼らに連れられて店の出入口へと誘導されていった。
 ……その間、わずか一分も満たない。残ったのは、テーブルに置かれた料理二つとのみ。予想外の結末に理鶯が目を丸くしていると、左馬刻が喉の奥でくつくつと笑った。

「ここの店よォ、うちのシマで面倒なことに巻き込まれた女子供を住み込みで働かせてやってんだわ。あいつらは何をされても無駄だって諦め癖がついてっからよ、ああいうのは意思表示の訓練になるんだと」

 なるほど。どうりで女手が多いわけだ。テーブルとバックヤードを行き来しているウェイトレス達を見て、理鶯は納得した。

「あの女の知り合いがこの店に寄越したのも偶然かもしれねえが、社会勉強にはうってつけだ。今は他人の目があるが、母国に帰るにしろ日本に留まるにしろ、どうあっても最終的には一人で生きてかなきゃならねえからな」

 「ああいう時、俺達みてえな部外者が手ェ出してみろ。今度はお前と同じくらいの体格のオーナーがすっ飛んでくるぜ」そう言って、左馬刻は短くなった煙草を灰皿の上に押し付けた。
 理鶯は、ようやく椅子に腰を下ろした。ただ、内心はどこか空虚だ。結果的に何事もなかった安堵感のせいか、が店のルールに則って助けを求めたことへの名もなき感情のせいか。少なくとも、理鶯はに一度だって助けを求められたことはなかった。
 ……とすれば、これは不要なものだ。理鶯は直感的にそう悟った。

「左馬刻。今夜は小官に付き合ってほしい」
「へェ。お前からなんて珍しいな。別にいいけどよ」

 面白げに口角を上げた左馬刻がベルを鳴らす。彼はすでにアルコールメニューのページを開いていた。すると、一番近くにいたがくるりと振り返る。黒曜石の瞳と視線が交わって、理鶯は密かに息を呑む。また、いっそう美しく羽を伸ばせるようになった。その光の強さは、理鶯が目を細めてしまうくらい、とても眩いものだった。







 ――ふ、とひと息つく。オーナーから労いの意味で貰った缶ジュースを両手の中でくるくると回しながら、は店の裏手で休憩をしていた。店内には従業員用のラウンジもあるが、ああいう広い場所はどうも落ち着かなかった。
 ここに勤めることになる前は、まさか故郷の伝統衣装を着ることになるとは思いもしなかった。しかしそれとは別に、良い刺激にはなっている。すべては鈴のおかげだ。
 それにしても……なぜ理鶯がこの店にいるのか。たしかに、手紙には職場を転々としていると書いたし、次の勤務場所は中華料理店とも書いた。それでも、まさか偶然出会うなどと。

「(固い……)」

 カチッ、カチッ。いっこうに開いてくれないタブに爪を引っ掛けて、は缶と格闘する。こんなことをしては休憩時間が終わってしまう。幸い、大して喉が乾いていたわけではない。諦めて他の従業員に横流ししようかと思った時だ。
 ――目の前から、影が伸びてくる。体を強ばらせたのは一瞬だけ。重たい足音と共に現れたのは、店内でオーダーを承って暫くの彼だった。

「……リオ」

 は小さく名を呼ぶ。裏口の照明下までやって来た理鶯。彼の体にまとわりついていた闇が取っ払われると、「」と彼もこちらの声に応えた。

「もう、食べ終えたんですか」
「ああ」
「連れの男は」
「店のオーナーと話をしている」

 ならあなたはどうしてここに――そう聞く前に、「は休憩か」と尋ねてくる。は声もなく頷いた。
 ……どうも、落ち着かない。今着ている服のせいだろうか。今の姿を理鶯に見られていると思うと、足先や指先がもぞもぞと動いてしまっていけない。おまけに、互いに話すこともない。無言の時間が、に更なるプレッシャーをかけた。

「……仕事中は、話しかけないでほしかった」
「すまない。を見つけた途端、気分が高揚してしまった」

 手の中から缶が落ちた。
 「、どうかしたか」「なんでもありません」は地面に転がった缶ジュースを拾い上げて、ひとり静かに深呼吸をする。我慢できなくなって口を開いてしまったのが凶と出た。平然と小恥ずかしいことを言った理鶯は、相変わらず涼しそうな顔をしている。
 本当は、そういうことを言いたいのではなくて。少し……ほんの少し、店内で冷たい態度を取ってしまったことを、詫びたい気持ちがあって。でもそれは、この格好だったから、少しの気恥ずかしさもあって――そんな、一度に言いたいことが沢山あり、どうしようもなかったのだと、言い訳をしたかった。
 カチッ、カチッ。手遊びとして致していただけのものだったが、タブを引っ掛ける爪もだんだん痺れてきた。すると、理鶯のごつごつとした大きな手が缶に向かって伸びてくる。は顔を上げた。

、そのままでは綺麗な爪が割れてしまう」
「開けるの、苦手なんです」
「では代わりに小官が開けよう」

 一瞬触れた指先には、あえて何も感じないようにして。自身の手から理鶯の手に移った缶ジュースはカシュッ、と乾いた音をさせて、甘酸っぱい果実の香りを放った。
 理鶯から缶ジュースを差し出され、「……あり、がとう」とは小さく礼を言う。そして、たったそれだけで嬉しそうに笑む理鶯から、咄嗟に目を逸らした。場を持たせるために、は唇に缶ジュース当てて、軽く上向きに傾ける。舌の上でベリー系の味が広がった。

「社会勉強はどうだった」
「……とても、為になります。この国では、ほとんどの人間が良くしてくれるから」

 数年前までは人権すら危うい生活を送っていたにとっては天国のような場所だ。基本的に礼節を弁えた客がほとんどで、女だからといって馬鹿にもされない。時に横柄な態度を取る客もいるが、そういう人間も、以前暮らしていた場所に蔓延っていた人間と比べたら可愛いものだった。
 誰も、見て見ぬふりなどしない。自身の安寧を諦めなくてもいい。自分一人で、と意固地にならなくてもいい。助けを求めてもいい。手を伸ばしてくれる人間は、この国には沢山いる。そういったことを確認することができた、貴重な時間だった。それに加えて、どうあっても女の体に興味がある男は一定数いるのだと、再確認できた日でもあった。

「また明日もここで働くのか」
「いいえ。今日が最後。明日からはスズのところで働きます」
「そうか」

 会話が途切れる。それでもなお、理鶯がじっとこちらを見下ろすので、堪らなくなったは「リオ」と口を開いた。

「なんだろうか」
「あまり、こっちを見ないで」
「なぜだ?」
「なんでも」
「小官は、少しでも今のの姿を目に焼きつけておきたいのだが」

 さらりと紡がれた言葉に、は再び缶を落としそうになった。いま、なんて。こちらが平静を取り戻す前に、理鶯はさらに言葉を続ける。

「その白い旗袍チーパオも、黒髪がよく映えてとても綺麗だ」

 「加えて、今夜は黒い瞳がいっそう透き通って見える」「美麗という言葉はのためにあるのだな」「まるで、生まれる前からヴィーナスに愛されたかのようだ」――次々に吐き出される砂糖の数々。はここ数日、日本語の勉強を熱心に取り組んだ自分自身をひどく呪った。
 それだけではない。理鶯から向けられる眼差しがいつも以上に擽ったい。目を逸らしたら、今度は彼の手が顔に向かって伸びてきた。指先で髪をなぞった程度だったが、それだけで心臓が爆発したような熱量がの全身を駆け巡った。人の体に不躾に触れることのないこの男が、一体何を。一番不可解だったのは、あれだけ男との接触を拒んでいた自身が、嫌悪を感じていないということだった。
 ……ふと、鼻腔を通り抜けたにおいに、我に返ったは数回瞬きをした。

「リオ……。あなた、酔ってる」
「酔っていない」
「嘘」
「嘘ではない」

 見事なテンプレートだ。随分前、同居人が言っていたことをは頭の中で巡らせる。「酔ってないって言ってる人ほど酔ってるからねっ。さんも気をつけてねっ」――なるほど、こういうことか。たしかに、理鶯と連れの男は料理とは別にかなりのアルコール類を注文していた。おまけにこの刺激臭。酔いどれの言葉以上に信用のないものはない。

「早く帰ってください。道が分からなくなりますよ」
「小官の身を案じてくれるのか。は優しいな」

 これは駄目だ、とはすぐさ理鶯を見限った。今すぐここから立ち去りたいが、髪の表面に触れていた理鶯の指先は、いつの間にか手のひらにまで侵食していて、緊張のあまり体が硬直してしまっていた。ポケットに仕舞ったハンディーでオーナーに知らせるべきか。しかし、変な勘違いをされて、理鶯に何かあっては困る。いや、逆にオーナーを心配するべきか。
 平和的かつ穏便に事が済む方法は――がぐるぐると思考を巡らせていると、またしても別方向から足音が聞こえてきた。「理鶯ォ」

「だァからあの辺で止めとけって言っただろうが」

 男の声が飛んでくる。が振り返るよりも前に、「左馬刻か」と理鶯が男の名らしき音を型どった。
 「用事は済んだのか」「ああ」暗闇から現れたのは銀髪の男。理鶯とテーブルを囲んでいた彼だ。とりあえず、理鶯の意識が男に移ったことに対して胸を撫で下ろした。すると、左馬刻と呼ばれた男とぱちんっと目が合い、なぜか同情を帯びた目で苦笑された。

「悪ィな。こいつ、酔ってても顔に出ねえからよ。夜寝て朝起きた頃にはきれいさっぱり忘れてるぜ」
「左馬刻。小官は酔ってなどいない」
「普段のお前は女なんて口説かねえだろうが」

 どうやら、先程の会話を聞かれていたらしい。かあっ、と頬が熱くなる感覚がして、は咄嗟に俯いた。

「まァ、大目に見てやってくれや。こいつ、あんたの姿をツマミにしてハイペースで呑んでたからよ。その格好、よっぽど気に入ったんだろうぜ」
「左馬刻。気持ちは分かるが、は食べ物ではない」

 支離滅裂すぎて目も当てられない。左馬刻も理鶯の変貌ぶりに口元を押さえて笑っている。他人事だと思って暢気なことだ。
 「彼を、早く森に帰して」がそう言うと、「おー。邪魔したな。行くぞ理鶯」と、左馬刻が理鶯を連れて裏口から離れていく。平常時の理鶯よりも話の分かる男で助かった。

、また会おう。先日送った、手紙の返事も待っている」

 声を張る理鶯。角を曲がるまでずっとこちらを振り返っていたが、目を合わせたら駄目だと思い、はじっと地面ばかりを見つめていた。
 ……そしてようやく、足音が消える。なんだか、仕事よりもどっと疲れた気がする。休憩をしてリフレッシュするつもりが、頭の中に巡るのは理鶯の声ばかりだ。彼に言われたことを無意識に思い出しそうになって、は缶の中に残っていたジュースを一気に飲み干した。

「……ああ、」

 どこもかしこも甘ったるくて、頭がどうにかなりそうだ。