海辺のタフタより
茜色の夕日をバックに、少し禿げてきたエナメルバッグを肩に掛け直す。さっきまでグラウンドを走ることしか頭になかったのに、今は夕食のことで頭がいっぱいだ。
なにせ、今日はお父さんの誕生日。今日のためにお夕飯の仕込み、たくさんしたもんね。その中でも、自作のタレにつけたローストビーフが本日の目玉として君臨している。
そのおかげで自宅への足取りは上機嫌――だったはずなのに、ブレザーのポケットの中で震えたスマホ。液晶に現れたメッセージを読んで、その足がぴたりと止まった。
「(……今日も、帰れないんだ)」
宛名はお父さん。吹き出しの中には、今日帰れなくなったことと一言の謝罪が綴られていた。スタンプも絵文字もない淡白なメッセージは、普段のお父さんとのギャップを感じて、指先をさくっと切ったような痛みが胸に走る。それだけ仕事が忙しいんだろう。中々家に帰って来れないお父さんは、物心着く前から青い制服をきた立派な警察官だった。
……うん。なんだか、甘いものが食べたい気分になった。あのローストビーフを一人で食べるのはもったいない。心にぽっかりと空いた穴がまた深くなったことに気付かないふりをして、私は去年の誕生日に買ってもらったスニーカーで地面を強く蹴る。家に向かう道から少し逸れて、その足は人で賑わう駅前に向かっていた。
タピオカ、パンケーキ、チーズダッカルビ……駅前には、女子高生の心を誘う食べ物がたくさん溢れている。タピオカも結構お腹溜まるから、ドリンクにはカウントしない。このあいだ飲んだ抹茶ティー美味しかったなあ。また飲みに行こう。
そんな中、比較的空いていたちょっとお高めなクレープ屋さんに入って、カラフルなメニューとにらめっこ。悩んだ末、ミックスベリーとミルフィーユ、イチゴとバニラとたっぷり生クリーム、バナナチョコとブラウニーの三つを注文。一つあたり約七百五十円。女子高生のお財布には荷が重かったけど、部活で県大会に出場を決めた自分へのお祝いがまだだったから、これをプレゼントとすることにした。ちなみに、最後はコンビニで肉まんを一つ買ってフィニッシュ。ううん、最高のお夕飯じゃないか。
お持ち帰り用のバルーンに包んでもらったクレープはよく映える。でも、私は出来たてを早く食べたいので写真は撮らない派。会計してくれた店員さんも、まさか今から私がこのクレープを三つも食べるとは思わないだろうな。友達のお使いと思われてるんだろうな。ふふふ、現役女子大生の別腹の容量を舐めてはいけない。
かと言って、さすがに店内で食べる勇気はなかったので、人がまばらな公園に立ち寄って、二人がけベンチを一人で占領した。ジャージとスニーカーと少しの教科書が入ったエナメルバッグが大きな音を立てて、ベンチに落ち着く。
その隣に腰を下ろした私も、さっそく一つ目のクレープにかぶりついた。
「(はー……やっぱり値段が違うと美味しさも桁違いだなあ~)」
最上の甘味と一緒に、背徳的な味が舌を踊らせる。魅惑の栄養が頭にどんどん行き渡っていった。今日はもう何もしない。溜まっている洗濯物も、朝練行く前に明日ちゃちゃっとやっちゃおう。今日はプチ不良になる日だ。そんな宣言をした私は、人目を気にせずに大きな口を開けて、ふわふわの生地と生クリームが何重にもなっている濃厚なミルフィーユを頬張った。
あっという間に一つを平らげて、さて次は……と別のバルーンに手に付けた時だった。向かいのベンチの裏から人影が現れた。女の人だ。背が高くて、やけにやせ細っている。おまけに、まだ春の手前なのに薄着のワンピースみたいな服一枚だけ身に纏っていた。あんな人、ドラマでしか見たことがない。良い意味でも、悪い意味でも。彼女が纏う空間だけ、童話から切り抜かれたように世界観が違って見えた。
こんな平凡な公園には似合わないイレギュラーなものが目の前に飛び込んできて、失礼だと思いながらも、私は思わずじっとその人を見つめてしまった。すると、彼女はよろよろと体を左右に揺らしながら、一歩、二歩と歩いたところで、芝生の上にばさッと倒れた。
「ぅええッ!?」
考える前に、体は飛び出していた。バッグとクレープをベンチに置きっぱなしにして、私は自慢の脚力で地面を蹴り、倒れたその人の傍にしゃがみ込んだ。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
声をかけながら、体を揺すって起こそうとする。あ、こういう時って揺すったら駄目なんだっけ。時すでに遅し。触れたその人の体にはお肉がほとんどついてなくて、まるで骨を直に撫でているみたいだった。皮膚も薄皮一枚だ。
えっ、えっ、さすがにちょっとガリガリすぎない? 女の人のホームレスなんてあんまり見ないし、というかよく見たら服もワンピースじゃない。なんだろ、見たことない服だ。この人どこから来たんだろう……?
「請勿觸摸ッ……」
「えっ? な、なんてっ?」
今の何語!? まさかの日本人じゃなかった!? 私を視界に映した女の人は私から距離をとって、猫みたいにこちらを威嚇している。でも、でも――
「き、きれーな人だぁ……」
「不用擔心我……っ」
「ああっ! じゃなくてっ」
頬の痩けたお顔でも、端正な顔立ちをしてらっしゃることは分かった。お風呂入ったら絶対綺麗だよこの人! 思わず見とれてしまったけど、彼女の口からまた理解できない言葉が飛び出したので、引っ込んだ焦燥がまた顔を出した。
私は慌ててスマホを開いて、翻訳サイトにアクセスする。私がもっと頭良ければきっと理解できたんだろうけど、あいにく体育の成績以外は万年崖っぷちなのだ。
「わ……わんもあぷりーず?」
スマホの音声読み取り機能を起動させながら、私は言った。さっきのは絶対英語じゃないって分かるけど、今の私にはこれが精一杯――って、ほらあこの人も何言ってんだこいつみたいな目で見てるう~! でも、人差し指を立てたジェスチャーでなんとなく意味合いは伝わったらしい。女の人はさっきと同じような言葉を復唱してくれた。す、すごい。この人頭良い……!
私の言ったことを把握してくれた彼女のおかげで、スマホが女の人の言葉を読み取った。初めて使ったけど、音声自動翻訳ってすごいなあ……。ポロンと翻訳を終えたスマホの画面には、彼女が言った言葉の日本語訳と言語が表示されていた。あっ、これ中国語なんだぁ……。
「……“私に、構わないで”?」
なんと。話す前に嫌われてしまっている。えぇ……私、結構フレンドリーって言われるんだけどなぁ……。地味にショックだ。
「“でも、放っておけないです”っと……」
ポポン。読み取り完了の音が鳴り、私が言ったことを中国語としてスマホが喋ってくれた。女の人はかなり驚いた顔をしてスマホと私を交互に見ている。あれ、もしかして言葉伝わってない?
しばらくスマホを見つめてばかりいたその人は、早くも仕組みを理解してくれたのか、私ではなくスマホに向かって言葉を発した。怪しいと言わんばかりに眉を潜めながら。
「為什麼?」
「な、“なぜ”って言われましても……」
理由なんて自分でも分からない。見た感じホームレスというより、どこか危険な場所から脱出してきた逃亡者のようだったから、声をかけずにはいられなかった。
これ、警察に届けた方がいいのかなぁ……。その前にお父さんに電話して相談……いやいや駄目だ。お父さんもお父さんで忙しいんだから。でもなぁ、どっちにしろこんな感じだと私に付いてきてくれそうにないし……。
どうしたものかと頭を悩ませていると、不意にぎゅるる、と馴染み深い音が聞こえてきた。今の音は私じゃない、とすれば――見ると、目の前の彼女がお腹を抑えて顔を俯かせている。
……なるほど。気が立っているのはそのせいか。前向きに働いた思考に従って、私はその場からすくっと立ち上がった。
「ちょっと待っててくださいね! ちょっとだけでいいのでっ!」
翻訳する間も惜しくて、私はさっき座っていたベンチに向かって走る。置きっぱなしにされていた二つのクレープを持って帰り、その人の目の前にずいっと差し出した。
しかし、顔を上げた彼女は首を傾げている。あ、そっか。バルーンから出さなきゃだめか。私はビニール音を立ててバルーンを破り、クレープそのものを握りしめながら、もう一回彼女の目の前に差し出してみる。それでも、彼女の反応はさっきと変わらなかった。
あれれ……? もしかしてクレープ嫌い? 行き場のなくなったクレープを他所に、彼女は芝生に置かれたスマホに話しかけた。
「這是什麼?」
「えっーと、なになに? “これはなに?”……中国ってクレープないのかな。えっと、クレープです!」
「ク、ゥエ……?」
「はいっ。甘くて美味しいんですよ~。ちょっと買いすぎちゃったのであげます! こっちがバナナチョコで、こっちがいちご生クリームです」
スマホが喋った音声を聞いても、彼女は腑に落ちない顔をしている。でも、意味は伝わっている……はず。やっぱり怪しい人からもらったものなんて口に入れたくないのかな……。ヨコハマの田舎の方で育ち、ご近所さんからのおすそ分けをあげたりもらったりしていた文化で育った私からすれば、かなりのカルチャーショックだ。
……そんな中、おそるおそる伸びた手があった。糸のように細くなった指がクレープに巻きついて、薄い手のひらに収まる。いちご生クリームを手に取った彼女を見て、私は残ったバナナチョコにかぶりついた。う~ん! 奥に入ったティラミスが絶妙!
クレープを食べ進めていく私をぽかんと見つめていたその人は、ややたどたどしくクレープをひと口含んだ。その瞬間、彼女の目がきらっと瞬いたのが分かった。顔色もさっきとは段違いだ。
あ~、やっぱりお腹空いてたんだあ。クレープだけだとそんなにお腹膨れないかもだけど、何も食べないよりかはいいよね。
無心で頬張り始めた彼女の隣に腰を落ち着かせて、私も包装紙をぺりぺりとめくりながらクレープを堪能する。ご飯しかりデザートしかり、誰かと何かを食べるのはいいことだ。一人きりの食卓なんて、何を食べても味がしないから。スパイスに凝ったカレーも、上手く焼けたチーズたっぷりのグラタンも、食べてくれる誰かがいて、初めて美味しいご飯になるのだ。
「あはは。髪の毛にクリーム付いてますよー」
さすがボリューム満点の生クリーム。生地から溢れて彼女の口周りと紙を白く染めあげている。
両手が塞がっているその人の代わりに、私は彼女の髪を掬って耳にかけた。顔も泥で汚れているし、髪もかなり乱れているけど、目は宝石みたいに深い色をしていて、唇の形も薄くて整っている。かなりの中国美人だ。
これ食べたらGoogleマップで交番探そう。あ、その前に説得かな。あと名前も聞かなきゃ。交番にお風呂ってあるのかな。もしあったら入れてあげてほしい。せっかく綺麗な顔してるのにもったいないや。そんなことを考えながら、残りのクレープを急ぎ足で食べていると、隣から鼻を啜る音がした。
あ、もしかして寒いのかな。そうだよね、だんだん暖かくなってきたけどそんな薄そうな服一枚じゃあ――そんな安易な考えをしていた私は、ちらっと彼女の方を見てぎょっとした。
「ええっ!? どっ、どうかしたんですかっ!?」
ぽろぽろぽろぽろ。彼女の綺麗な目からはとめどなく涙が零れていた。それも、どんな感情の涙なのか分からないくらい無表情で。それでも、クレープを食べる彼女の手は止まらない。むしろ勢いが増している。しゅ、シュールすぎる。
そ、そういえば、ジブリの何かの映画でこういうシーンあった気がする。こういう時、竜の少年はどうしてたっけ……!? もっとお食べって言った方がいいっ? さすがに空気読めなさすぎ? あ、そもそも日本語分かんないか……。隣人が泣いている光景にパニック状態になった私は、あせあせと彼女を見守ることしかできなかった。な、泣かないで~っ!!
「おぉーい。ちょっとそこの学生さん。もう暗くなるから塾の帰りじゃなければ早く家に――って花代子、お前こんなところで何やってんだ!」
「えっ! お、お父さんっ!? 今日遅くなるって言ってたのに……!?」
「最近入った若い奴が代わってくれたんだよ。『自分の誕生日くらい娘さん孝行してくださーい』ってな。……ん? 誰だこのべっぴんさん。花代子の知り合いか――って、な、なんで泣いてんだっ!?」
「私も分かんないよ~っ! お、お父さんっ、女の人泣き止ませるコツとかない!?」
「死んだ母さん泣かせてばっかだった俺に聞くな! あーあれだ! とりあえずここじゃあ人目に付くから近くの交番連れてくぞッ」
「分かった! あっ、荷物あっちのベンチに置きっぱだ! 取りに行ってくる~っ!」
――なんて頃もあったなあ
テレビを付けたら、偶然その時行ったクレープ屋さんの特集がやっていて、私は海燕さんとの出会いをしみじみと思い出していた。懐かしいなあ。今度また海燕さんを誘って行こう。
ピーッ、とやかんが鳴いたので火を止める。老舗のお茶屋さんで買った茶葉を急須に注いでいくと、香ばしいお茶の香りがキッチンに広がった。ううん、とっても良い匂いだ。元々は夢野先生のところにあった茶葉で、とても好みな香りだったのでつい銘柄を尋ねて買ってきてしまった。さすがは先生。お茶のセンスもピカイチだ。
「カヨコ」
玄関のドアが開く音がして、海燕さんがごみ捨てから帰ってきたのを視界に捉えた。
「おかえり~」上機嫌にそう言うと、浮かれ具合が海燕さんにも伝わったのか、さっそくテーブルの上に乗せられた二つの丼ぶりの中を見て、彼女の目がわっと開いた。
「おぞーに?」
「うんっ。今年は鶏肉を入れて出汁を取ってみました! ちなみにデザートのお団子もあります!」
こればっかりはスーパーの前で屋台販売してたものだけど。でも、追ってかけたタレは私が試作に試作を重ねて作った自己流みたらしだ。
私の緩みきった顔を見た海燕さんはくす、と笑んで、「箸、取るね」と言いながら引き出しを開けた。
海燕さんがあの公園にいた理由も、ヨコハマに来るまでは何をしていたのかも、今でも私はよく知らない。お父さんは知ってるみたいだけど、実家で三人で暮らしていた時も、私から海燕さんに事情を聞くことはしなかったし、彼女も話す素振りは見せなかった。今だってそうだ。気にならなくはないけど、海燕さんと一緒に食べるご飯は相変わらず美味しいし、あれ以来、彼女が泣いたところを見たことがないから、これからも、私から海燕さんに尋ねることはきっとないだろう。
あの後、お父さんと合流して、近くの交番で海燕さんの話を聞いた。その時私は席を外すように言われたから何も聞いていないけど、お父さんが神妙な顔をしながらも、海燕さんが日本に馴染むまで家で引き取ることになった時は嬉しかった。少しだけ年の離れた姉ができたようで。あの頃の海燕さんは、シャンプーとコンディショナーの違いが分からなかったり、テレビの存在にびっくりしたりと色々あったけど、一度教えたらすぐに飲み込んでくれる。
あと、お風呂に入ったら、それはもうどこの女優さんですか? って聞きたくなるくらい綺麗になった。街を歩けば読モの取材で声をかけられることが何度もあるくらいだ。
あれから、もう結構経つのかあ……。あの頃高校に通っていた私は無事卒業して自分で稼げるようになったし、海燕さんも働き口を見つけた。でも、今はそこよりももっと待遇のいいモデルの仕事を引き受けたようで、最近は特に楽しそうだ。それに加えて、彼女からは恋の匂いだってしている。
妹分の私としては嬉しい限りだけど、それが……ほんのちょっぴりだけ、さみしかったり、しなかったり。
「カヨコ」
「んー? どうかし――」
ぺらん、と目の前に広げられたパンフレット。あ、やばい。そう思ったのも束の間、海燕がじとっとした目で私を見つめた。
「またこんなの貰って」
「あ~……」
「セールスには気をつけてって言ったのに」
「で、でもっ、最終的には断ったし――」
「こういうのは一度強く断らないとカモにされるって、トシゾーが言ってた」
お父さん……。また海燕さんに変なこと教えたなあ……。社会に馴染んだ海燕さんは、これでもかっていうくらい早く物事を覚えていく。電話を知らなかったあの頃の彼女はもうどこにもいなかった。
「で、でもさ……おばあちゃんとか訪問に来ると、話だけでも聞いてあげたいなとか思わない?」
「思わない。カヨコは人が良すぎる」
「うぐ……」
見事に瞬殺された。分かってる、分かってるよ私も。こういうところが私の短所だって。この間、先生にも「カモが擬人化したらあなたのような姿をしているんでしょうね」って言われたし。最初は意味が分からなかったけど、つまりは騙されやすい顔ってことだろう。あの時も結局反論できなかったし……ううむ……。
一人暮らしするのだって、お父さんに大反対された末、「海燕と一緒なら良し」っていう条件付きで許可を貰った。実の父親にすら信用されないこの性格。直したい。でも直せるのならとっくの昔に直ってるはずだ。
このご時世、やっぱり人を疑うことも覚えないといけないのかなあ。やだなあ。とほほ、と肩を落としながら湯呑みにお茶を注いでいると、「……でも、」と小さな声が私の耳に届いた。
「カヨコのそういうところに、私は助けられたから。思いやる心を持っているのは……とてもいいことだと思う」
「か、海燕さんっ……!」
「でも、今度来たら居留守にして」
「あ、はい……」
感動も一時で終了。海燕さんのこういうところ、見習わなくちゃ。でも、元々人見知りなのか、知らない人に会うときは今でも私の後ろに隠れることが多い。でも、ギャップがあってとても可愛いと思うよ私は。
「そういえば海燕さん、実家で最初に食べたもの、覚えてる?」
「ろーすとびーふ」
即答だ。上に持ち上がった口角のまま、私は話し出した。
「あれね、本当は一人で食べる予定だったんだよ」
小さい頃からお父さんは家にいることが少なかったけど、お母さんが死んじゃってからは特に働き詰めだった。私のためだと頭では理解してしながらも、心は何も追いついてこない。授業参観や体育祭のお知らせの紙を見せずにいた回数も少なくはなかった。
家に帰っても一人ぼっち。朝起きても一人ぼっち。いただきますと言っても、いってきますと言っても、家からは誰の声も返ってこない。学校に行けば友達と話せるけど、家に帰ったら声を出す必要もなくなる。話したいことがたくさんある胸の中が、言葉にならない虚無としてじくじくと胸の中に溜まっていく。
「鍵っ子は慣れっこだったけど……ちょっとだけ、さみしかったんだよね」
「さみ、しい……?」
「うん。だから、海燕さんがうちに来てくれてよかった」
お父さんがいなくても、家に帰れば海燕さんがいる。お風呂を洗って待っててくれるし、ご飯の準備だって手伝ってくれる。それが、あの頃の私にとってどんなに嬉しかったか、どれだけ支えになっていたか、彼女はきっと知らない。一人暮らしだって、なんだかんだで一人じゃ心寂しいと思っていたから、あの時海燕さんが頷いてくれたのが、なによりの救いだった。
「私も……あの公園で、カヨコが私を見つけてくれて、よかったと思ってる」
「じゃあ、お互いよかったねってことで! さあ、お雑煮冷めないうちに食べよう~っ! あ、お餅何個いる?」
「一個」
「じゃあ私は二個~! ちょうど三つ焼いてたんだよね!」
「……カヨコ、トースターの電源入ってない」
「えっ」
テンション急降下。全く膨らんでなかったお餅を見て、海燕さんは小さく声を上げて笑う。「先に、お団子食べる?」という魅惑の言葉に、調子のいい私は嬉々として頷いた。
